ブルガリア・ベルギー・ノルウェー公演

2002年9月24日~10月3日
9月25日(水)「ブルガリア公演」 11:30~
出演 桂小春団治「お玉牛」「皿屋敷」(ブルガリア語字幕)
場所 ソフィア市第18高校講堂(ソフィア)
9月26日(木)「ブルガリア公演」 18:30~
出演 桂小春団治「お玉牛」「皿屋敷」(ブルガリア語字幕)
場所 中央軍事クラブコンサートホール(ソフィア)
9月27日(金)「ベルギー公演」 20:00~
出演 桂小春団治「お玉牛」「皿屋敷」(フランス語・フラマン語字幕)
場所 ゲント大学Film Plateau(ゲント)
9月28日(土)「ベルギー公演」 15:00~
出演 桂小春団治「お玉牛」「皿屋敷」(フランス語・フラマン語字幕)
場所 在ベルギー日本国大使館広報文化センター(ブリュッセル)
9月30日(月)「ノルウェー公演」 19:00~
出演 桂小春団治「お玉牛」「皿屋敷」(ノルウェー語字幕)
場所 トロンネラグ民族博物館(トロンハイム)
10月1日(火)「ノルウェー公演」 19:00~
出演 桂小春団治「お玉牛」「皿屋敷」(ノルウェー語字幕)
場所 トロンネラグ民族博物館(トロンハイム)
国際交流基金・在ブルガリア日本国大使館・在ベルギー日本国大使館・在ノルウェー日本国大使館主催公演
9月24日(火) ブルガリア到着
今日から1月のドイツ公演に続いて、今年2度目の海外公演。
今回はブルガリア・ベルギー・ノルウェーの3カ国を駆け足で回る。
全部違う言語での字幕公演となる。
ツアーメンバーは僕の他にいつものプロデューサー、マイケル・ジャックソンに
鳴り物班としてお馴染みの三味線マルコ(住田益子)、桂福矢(太鼓・笛)、
今回初参加の笑福亭風喬(太鼓・鉦)の5人。
8:50関空集合。
僕が一番乗りだった。しばらくしてメンバーが集まりチェックイン。
最初の目的地ブルガリアには、まずオーストリア航空でウィーンまで飛び、
そこから乗り替えてブルガリアの首都ソフィアまで行く。
出発まで2時間ほどあるので空港内のラウンジ「錦」でのんびり。
1時間ちょっとで搭乗手続きが始まった。
今回は全行程ビジネスクラスという贅沢な旅なので
ウィーンまでの12時間非常に快適だったが、
作業しようと使い始めたパソコンがすぐにバッテリー切れでダウン。
フルチャージしたはずだけど、どうやら繋いでいる光学マウスがかなり電気を食うよう。
スチュワーデスにパソコンのバッテリーを借りようと思ったら、
レンタルのバッテリーはないという。
一昨年のエジンバラ公演の帰り、日本の航空会社のビジネスクラスでは
機種ごとのバッテリーレンタルが無料であったので、
どこの会社でもそんなサービスをしてると思っていた。
機内から電源をとるコードセットがあるらしいけど2万円以上もする。
しかたがない、字幕チェックは4時間ある乗り換えのウィーン空港ですることにする。
予定より少し早くウィーン着。
フィンガーデッキを通るだけでかなり寒い。
見送りのスチュウワーデスはコートに革の手袋までしてる。
乗り換えのフロアーに4時間いてもおもしろくないので、
いったん入国して広い空港のターミナルビルですごすことにする。
通過だけの国だけどいったんビルの外に出てオーストリアの空気を吸う。
ここのショップはハロッズまで入っていて、ブランドの店も多く広い。
少し店をのぞいてビジネスラウンジへ。
広いフロアーでサラリーマン達がテーブルを囲んでビールを飲みながら談笑していたり、
静かに本を読んだり書類を広げたり、PCとにらめっこしたりしてる。
PCデスクもあるが回線を使わないので奥のゆったりした椅子の席に陣取る。
コンセントから電源を供給してマイケルと字幕のチェック。
作業してると4時間はすぐに過ぎた。
ところが、出発の時のセキュリティー・チェックで、マルコの三味線が引っかかった。
三味線ケースを開けろと言って、入念に三味線のパーツを調べる。
三味線はコンパクトに3分割されるので小さなトランクに収まるが、
手拭いで丹念に包んだばちや棹を全部広げて見る。
そのとき担当者が「こま」を落として、折れてしまった。
どうやら棹の継ぎ目や、ばちの重りとして金属が埋め込まれていて、
それがX線を通すと、何か仕込んでいるように見えたらしい。
「こま」の予備はあるらしいが、こう言うことがあると公演に差し障る。
順調に来てたのにいきなりけつまづいた。
昨年の英仏公演では、ロンドンからパリに移動する日がニューヨークテロの翌日だったので、
セキュリーティー・チェックがやたら厳しく、三味線も機内持ち込みが出来なかった。
仕方なく壊れ物のシールを貼ってもらって預けたがやはり少し破損してたらしい。
これから何度も飛行機に乗るので気をつけないといけない。
ソフィアまではラウダ航空。
日本ではあまり耳馴染みのない航空会社だけど往年のF1ドライバー、
ニキ・ラウダの航空会社だとマイケルが教えてくれた。
こちらも順調で1時間半ほどでソフィア着。
空港には在ブルガリア日本大使館の荻野理事官が迎えに来てくれていた。
今回の欧州公演はもともと荻野さんとのやりとりで始まった。
何度もメールや電話で公演実現に向けて話をし、
今年の2月には実家の川西に帰ることがあるからと、
たまたま出演していた「もとまち寄席」にまで来てくれた。
7ヶ月ぶりの再会。
ワゴン車でヒルトンホテルへ。
今回は全員個室。
いつも海外と言えば僕と同室だった福矢は、夢のようと目を輝かせていた。
おまけにツインのシングルユース。
ゆったりしていて広い。
長い一日を過ごして、明日も朝早い。
風呂上がりのビールも効いてきたのでこのままベッドにもぐり込むことにする。

関空からウィーンへ向かうオーストリア航空の機内で。

ルガリアの通貨レヴァ。肖像画の名前はブルガリア語なので誰だかわからない。

在ブルガリア大使からの夕食会の招待状。金色の五七の桐の紋が入っている。
9月25日(水) 欧州公演スタート
朝4:30頃目が覚める。
いつも海外公演では時差ぼけか睡眠時間が極端に短くなる。
おかげでメールを書いたりHPの更新の作業が出来ていいけど・・・。
9:15、荻野さんが迎えに来て、今日の公演会場のソフィア第18高校へ。
この高校はブルガリアで唯一日本学科がある高校で、
今日のお客さんはほとんどが高校生。
高校の職員、大使館の応援の人達と設営をする。
講堂の舞台にスクリーンを張り、字幕用のプロジェクターをセットし、
舞台袖に鳴り物スペースを作り、
机を二つ並べて毛せんを敷き高座を作る。
お馴染みの作業をてきぱき進める。
ブルガリアのテレビ局が取材に来たので開演30分前に着物に着替え、
取材クルー用にリハーサルがてら、さわりの部分を演じる。
11時半過ぎ、校長先生らの挨拶のあと開演。
小さな講堂で約120人ほどの生徒でほぼ満席。
すごくよくウケる。
高校生なのに浮気ネタの考えオチまでいい反応。
日本では中・高生向けに古典芸能鑑賞会として
よく学校寄席として行くが、こんなによくウケる学校はなかった。
海外公演でいつもやる「お玉牛」を終えて
楽屋代わりの教室で色紋付きから黒紋付き袴に着替えて2席目は「皿屋敷」。
こちらも前半の怪談部分も静かによく聞いてくれて、
ギャグも日本と同じ所でよく笑う。
終演後またテレビのインタビューを受け、茶道部の部屋を見学。
校長室で校長と談笑して遅い昼食をとりに市の中心部、
スヴェタ・ネデリャ広場近くのファミレスへ。
ファミレスと言っても、真っ赤なボディコン超ミニのウェートレスが
うじゃうじゃいるうれしいお店。
昼食後ホテルに荷物を置きに帰り、PCショップへ。
実は僕のデジカメは旧式でカードリーダーがないとPCに写真を取り込めない。
ところがその肝心のカードリーダーを日本に忘れてきてしまった。
荻野さんからバトンタッチした大使館の登さんに、
最近できたソフィア最大の家電ショップに連れて行ってもらう。
ブルガリアのヨドバシカメラのようなその店でも、
PCコーナーはそれほど広くなく、それらしい物はない。
店員に聞くとデジカメコーナーは別の場所だと教えてくれて、
そこにあるかも知れないと言う。
行くと10台ほどショーケースにデジカメが並び、
その下にスマートメディアはあるもののリーダーがない。
別の店員に聞くと来週入荷予定だという。
ブルガリアではデジカメはそれほど普及していないよう。
それに今のデジカメは直接PCに取り込めるし、リーダーを使うことも少ない。
仕方がない、リーダーは次のベルギーで探すことにする。
とりあえず当座の画像を撮りためるため、64メガのメディアだけ購入。
それから少し観光。
バルカン半島最大でもっとも美しいと言われるアレクサンダル・ネフスキー寺院へ。
中に入ると内部と大屋根は改修中だった。
外に出ると雨が激しく降り出し、散策できないので隣のイコン博物館に。
宗教画を集めた美術館みたいなもので、解説やタイトルが書かれていてもよくわからないので、
勝手に「坂田利夫」とか「3人レツゴー長作」などとタイトルを付けていたら、
福矢も同じように「清水一家」などとタイトル付けしていたらしい。
いったんホテルに帰りそれぞれ身支度。
今夜は大使公邸で大使主催の夕食会。
皆それぞれジャケット着たり、ネクタイ締めたり、こましな服装に着替えてロビー集合。
マルコは着物姿。
渋滞で少し到着が遅れ7時過ぎ公邸到着。
市橋大使と奥様が出迎えてくれる。
今日の夕食会の出席者は我々5人の他に、ブルガリアの人形劇団の主宰者エンチョさんと
夫人、友人2名。
テレビの子供番組の人気者エンチョさんは、親日家で日本語もかなり喋る。
大使公邸は想像してたとおり立派な公邸だった。
まず広いホールでソファーに座って水割りなど好きな飲み物を飲みながら談笑。
そしてダイニングへ移動。
給仕から座席表を見せられる。
僕は大使の右隣で、向かいの大使夫人の右隣がエンチョさん。
燭台にローソクが灯りゴージャスな雰囲気。
今日は日本食らしい。
大使に聞くと和食は珍しいとのこと。
夕食会は肩章付きの金ボタンの給仕が供する、本物のディナーだった。
食事しながらエンチョさんと僕がいろいろ話す。
エンチョさんは日本語がペラペラだけど難しい言葉はわからないし、
エンチョさんの友人は日本語が分からないので、通訳がブルガリア語になおしてくれる。
大使の左隣に座った荻野さんがブルガリア語を日本語に、
大使夫人の左隣に座った大使館のニコリーナさんが日本語をブルガリア語に訳す。
完全分業制。
国家元首同士の会談でよく見るスタイル。
料理はブルガリアで食べているとは思えないほど完璧な日本食だった。
聞くとブルガリアでは和食にあった食材が手に入らないので、
ウィーンから取り寄せているそう。
エンチョさんはとても陽気でよく喋る。
話は大いに盛り上がった。
大使に手拭いをプレゼントし、エンチョさんと友人には僕の写真入りのうちわと
大入り袋に入った千社札をプレゼント。
エンチョさんからはオカリナを頂いた。
福矢達は緊張でとても疲れたようだったけど、一生の思い出となる夕食会だった。

ソフィア第18高校講堂での公演。

大使公邸での夕食会。

中央が市橋大使夫妻、右側がエンチョさん夫妻、左端はエリザベットさん。
9月26日(木) ブルガリア日本文化月間オープニング
今日は朝から公演会場の中央軍事クラブコンサートホールで設営があるが、
その前にテレビ出演が入った。
8:15ロビーに集合し荻野さん達とテレビ局へ。
朝7時頃から昼ぐらいまでやってる民放の生番組で
「ブルガリアこんにちは」と言う番組らしい。
今回の公演でブルガリア語の翻訳をしてくれた方が同時通訳をしてくれる。
メイク室で着物に着替え軽くメイクもしてもらう。
スタジオの隅で少し待ってるとすぐ出番が来た。
昨日の18高校での模様もVTRで流れ、
司会者から「落語とはどんな芸ですか」とか、
古い話は現代の人にどう受け止められるのかとかいろいろ聞かれ、
最後にうどんを食べる仕草を実演。
10分ほどで出番は終わった。
メイク室でまた着替えて中央軍事クラブへ。
かなり古い建物で天井にはシャンデリアが下がり、
上にはロイヤルボックスのようなバルコニーがある。
400席ほど椅子が並べられている。
高座を組みプロジェクターをセットし約2時間で設営完了。
夕方まで少し観光することになった。
ネダリャ教会、地下教会、スーパーなどを見て
市の中心地ネダリャ広場まで来ると雨が降り出した。
激しくなってきたのでツム・デパートのレストランで少し早い昼食をとることにする。
ブルガリア料理のチキンスープを注文する。
見た目よりあっさりしていて日本人の舌によく合う。
食事している間かなり激しく降っていた雨もやみ始めた。
ブルガリアではよく雨が降るがダラダラ降り続くことはないらしい。
昼食後荻野さんと登さんバトンタッチ。
仕事があるマイケルをホテルに送って我々は観光。
ソフィア市が一望できるというヴィトシャ山に登ることにする。
車で約30分ほど走ると見晴らしのいいところにでる。
山の景色を楽しんだあと民俗学博物館の土産物屋へ。
ここでブルガリア名物バラの香水などを購入。
登さんはホテルのマイケルを迎えに行き、我々はしばらく会場の近所のカフェで休憩。
5時、マイケルと合流して中央軍事クラブへ。
少し字幕に手を加え、6時開場。
着替えているとブルガリアの国営テレビが取材に来たという。
開演前の短い時間で簡単なインタビューを受ける。
今日は日本文化月間のオープニングと言うことで、ブルガリアの文化人も招待され、
400席ほぼ満席。
最前列に昨日の市橋大使夫妻、そしてブルガリアの文化大臣まで座っている。
市橋大使、文化大臣の挨拶のあと開演。
落語途中でどこかかから大音響の音楽が流れてきた。
どうやら外のようだけど、舞台にいる僕にまで聞こえているのだから客も聞こえているだろう。
他にも、あれだけ念を押していたのに国営テレビの取材クルーが客席に照明をたいて
撮影している。
客の気が散るようなことが続く。
でも反応はよく、無事終了。
終演後ソフィア市から大きな花かごを贈られる。
楽屋で着替えていると昨夜の夕食会で一緒だったエリザベットさんが
「ワンダフル」と言いながら入ってきた。
そして大きく手を広げて近づいてくるので抱擁する。
ブルガリアではこういう場合ほっぺにキスするのかどうかわからないので、
とりあえずわからぬまま抱擁だけしておく。
そしてブルガリアの刺繍をしたしおりをくれる。
そのあとエンチョさんも娘を連れてきて、5歳ぐらいの娘さんから手描きの絵をもらう。
撤収後、荻野さん、登さんとブルガリア料理屋さんへ。
カヴァルマ、スネジャンカなどブルガリアの代表料理を食べる。
どれも日本人の口によく合う。
この店は歌手が歌い、ダンサー達がひっきりなしにブルガリア舞踊を踊る。
途中でダンサーの一人に前に引っ張り出され、
踊りでも一緒にするのかと思っていたら、不安定な壺の上に乗らされ、
壺の首を足で挟んで8回飛べと言う。
両手を持ってもらって言われるまま8回飛んだけど何のことかわからなかった。
しかし、ブルガリアは料理のうまい国だった。
みんな大満足でホテルに戻った。

朝の生番組出演風景。

今日の会場、中央軍事クラブコンサートホール。古いが趣のある劇場。

開演前のブルガリア文化大臣の挨拶。
9月27日(金) ベルギー公演
今日はベルギーへ移動。
朝7時にホテルに迎えが来て空港へ。
見送りの登さんと挨拶して別れ空港のビジネスラウンジへ。
ここでコーヒーなど飲みながらしばらくすごす。
まずラウダ航空でウィーンまで行く。
ウィーンのビジネスラウンジでまた乗り換えの間しばらく過ごし、
チロリアン航空でベルギーの首都ブリュッセルへ。
飛行機はプロペラの小さいの。
ウィーン空港でメモリーカードリーダーを見つけて買ったが、
前のリーダーのドライバーを残したままでインストゥールしたら
うまくいかない。
時間がないのでそのまま。
せっかく買ったけどしばらくまた写真をアップできない。
12:50ブリュッセル着。
空港には大使館の荻野さん(偶然ブルガリアの担当者と同じ名前、こちらは女性)と
広報文化センターの塚原さんが迎えに来てくれていた。
ワゴン車に荷物を積み込みまず大使館へ。
明日公演する大使館内の広報文化センターを簡単に下見。
すぐホテルにチェックインして今晩の公演に必要な荷物を持ってロビーへ。
車でブリュッセルから約1時間のゲントへ向かう。
実はこちらのゲンクでプレーするサッカー日本代表の鈴木選手に
大使館を通じて招待状を出していた。
ゲンクとゲントは車で1時間半ほどかかるらしい。
ネットで調べると28日はホームで試合があるが27日はない。
昼間練習があるかも知れないが、リフレッシュがてら落語でも聞きに来ませんかと、
大使館の人がチームにはオランダ語で、鈴木選手には日本語で招待状を出してくれていた。
日本を発つ1週間ほど前に大使館に鈴木選手から
「お招きいただきありがたいですが、自分はチームでは1軍半的な存在で、
その日は2軍の試合に同行しないといけないので残念ながら行けません。
桂様にもよろしくお伝えください」とご丁寧な返事をもらっていた。残念。
今夜の会場はゲント大学のフィルム・プラトーという150席ほどの映画用のホール。
少し傾斜のついた立派な椅子が並び、舞台もちゃんとある。
高座とプロジェクターはいいのを業者が持ってきてくれた。
高座と字幕位置の調節など設営に少し時間がかかったが、
6時半頃設営終了。
7時頃、道が空いていたとかで早く着いた在ベルギー全権特命大使の
佐藤大使が到着、挨拶をする。
開演まで少し時間があるので、今回の公演で大変お世話になったゲント大学
日本学科のバンデンブルック先生の奥様(日本人)が差し入れしてくれたおにぎりをぱくつく。
だし巻きやきゅうりの漬け物もあり、とてもおいしかった。
8時開演。
バンデンブルック先生が日本語とオランダ語でスピーチし出番が来た。
ベルギーはオランダ語圏とフランス語圏があり、ゲントはオランダ語圏。
明日公演するブリュッセルは両国語併用地域なので、
フランス語・オランダ語、2カ国語併記の字幕を作ってきた。
字幕ならではの公演。
入りは約2/3ほどだけど、ここも熱心によく聞いてくれる。
終演後場所を移してレセプション。
他のメンバーは撤収作業をし僕は紋付き袴のまま近くのレセプション会場に。
ゲント大学学長の後、佐藤大使のスピーチ。
シャンパンで乾杯し、学長、大使、バンデンブルック先生らと談笑。
撤収していたメンバーも駆けつけ、約1時間ほどでレセプション終了。
それから着替えてまた車でブリュッセルへ。
疲れが溜まってるのか帰りはずっと寝ていた。
部屋に入って着物だけ持ってきた衣紋掛けに掛け、
風呂も入らずにそのままバッタリ寝てしまった。

会場のゲント大学フィルム・プラトー。

字幕はフランス語とオランダ語の2カ国表記。

終演後のレセプション。右が佐藤大使、左はゲント大学学長。
9月28日(土) ブリュッセル公演
今朝は7時頃目が覚めた。
今回の旅で一番よく眠れた。
毎日睡眠時間は3時間ほどなので、さすがに睡眠不足で朝までぐっすり眠った。
10時前に荻野さんと塚原さんが迎えに来て今日の会場の広報文化センターへ。
ここは日本大使館の入っているビルの1階にある。
昨日下見してだいたいの見当を付けていたので設営作業はスムーズに進んだ。
ランチは和食の弁当。
図書室で話しながらいただく。
昼過ぎ、開演までに時間があるので少しブリュッセルの街を散策することにする。
図書室に残ってダラダラしたいという福矢を残して、
我々4人と荻野さん、塚原さん夫妻と街の中心部グラン・プラスへ。
四方を古い建物で囲まれた石畳の広場で、1月に行ったミュンヘンの広場に似ている。
広場の近くに有名な小便小僧の像がある。
コペンハーゲンの人魚像、シンガポールのマーライオンと並ぶ
「世界3大ガッカリ」と言われる像で、想像より小さいと聞いていたので
それほどガッカリしなかった。
週末などは服を着ていたりするらしいけど今日はまだ裸のままだった。
衣装のスケジュールが張り出されていて、今日はスペインのサッカーチーム、
レアル・マドリッドのユニフォームにお色直しするらしい。
1時間ほど散策してまた会場に戻る。
今日は土曜なので3時開演。
120人ほどのお客さんで、約80%がベルギー人。
昨日はオランダ語圏のお客さんだったけど、今日は85%ぐらいがフランス語を使う人らしい。
昨日よりもいい反応。
終演後またホテルに戻って夜の夕食会まで自由行動。
部屋に荷物を置いて、一人タクシーでまたグラン・プラスへ
土産物屋でそそくさと買い物してすぐにホテルに戻ってきた。
ロビーにはもうみんな集まっていて、夕食に招待してくださった
ベルギー竹中工務店の樋口さんらも待っていた。
実は5月にとあるパーティーで竹中工務店の方に会い、
欧州公演の話をすると、ベルギーに行かれるなら現地の社員に
食事会を設けるように言いますと言ってくれた。
竹中工務店ブラッセル事務所所長の樋口さんの呼びかけで、
ベルギー日本通運社長の松崎さん、旅行代理店の滝口さんらが
我々のために食事会を開いてくれた。
グラン・プラス近くのレストランに向かう途中、小便少女を見に行く。
小便小僧に対抗して誰かが作ったらしいが、
少女が裸でしゃがんで用を足している様は、小僧ほど愛嬌がなく、
ちょっと何だかなぁと言う感じ。
レストランは「オ・ザルム・デ・ブラッセル」という、ムール貝で有名な所。
ここで今回のオランダ語の翻訳でお世話になったバート・ゲインズさんと合流。
現在フィンランドにいるバートさんはヘルシンキからわざわざ駆けつけてくれた。
山盛りのムール貝が出てきた。
昨年の英仏公演の時、エジンバラのフィッシャーと言うシーフードレストランで
バケツ一杯のムール貝をみんなで黙々とたいらげたのを思い出す。
2週間のエジンバラ滞在中2回も行った。
こちらのムール貝もすばらしく、ホワイトクリームで煮た物、
ガーリックが効いたエスカルゴ風など、ヨーロッパのムール貝はうまいとつくづく思う。
その後それぞれヒラメやエイなどの料理を注文する。
夕食の後グラン・プラスへ。
どの建物もライトアップされ、とてもきれい。
昼間とはまた違う趣。
11時過ぎ、宿泊先のホリデー・イン・シティー・センターに戻ってきた。
我々5人とバートさんで近所のアイリッシュ・パブでベルギービールを何種類か飲む。
デュビルビールはアルコール度数が8.5%もある。
何杯も飲むとかなりこたえるのでほどほどにしておく。
2杯ほど飲んだところでみんな眠そうなのでホテルに戻った。

ブラッセルの中心地グラン・プラス。

今日の会場、日本大使館内広報文化センター。

ムール貝を山ほどいただく。右列手前から樋口さん、松崎さん、滝口さん。
9月29日(日) ノルウェー移動
朝、衣紋掛けに掛けている衣装を全部たたむ。
今回衣装は「お玉牛」は黄土色の色紋付きで、「皿屋敷」は黒紋付きに袴。
移動の度に広げてある荷物をスーツケースに戻す作業がつきまとう。
それだけで30分ほどかかる。
10時30分頃ロビーに集合していると荻野さんと塚原さんが来る。
車2台に全部の荷物を積み込み、空港へ。
チェックインの後大使館のお二人と別れ、ビジネスラウンジへ。
乗り継ぎのコペンハーゲンまではスカンジナビア航空。
1時間40分ほどでコペンハーゲンに到着。
3時間ほどの待ち時間の間、買い物したりビジネスラウンジでメールチェック。
ベルギーのホテルでは回線が繋がらなかったのでここで繋ぐ。
ホテルのフロントで聞くと、アジアのパソコンとホテルの交換機の相性が悪いようで、
よくアジアからのお客さんからクレームをつけられるそう。
空港によってPC用電話の使い方が違うので、何度か失敗しながらいつも手探りで繋ぐ。
しかし確実に繋がるのでラウンジはありがたい。
ノルウェーのトロンハイムまではウィドゥロ航空と言う聞いたこともない航空会社。
これまたプロペラの小さな機体で、乗り込んで驚いた。
離陸から着陸までずっとコックピットのドアを開けっ放しのまま飛んでいた。
客席から操縦してる様子がよく見える。
ハイジャックのことなど全然心配していないのんびりした飛行機。
1時間ほどで着陸したので降りようとすると、マイケルがここは違うという。
聞くと経由地らしい。
そういえば目的地の表示にトロンハイム以外の名前も書いていたような気がする。
これはわからん。
機内アナウンスも何を言ってるのかわからないし、
うっかりするとこの小さな空港で降りてしまう。
乗ったままでいいのかと思ったら一旦降りて別の飛行機に乗り換えないといけないらしい。
荷物もまた一旦受け取って預けなおさないといけない。
我々の荷物は無事出てきたが、
同じ飛行機に乗っていた日本人男性の荷物が出てこないと言う。
成田からコペンハーゲン経由でトロンハイムへ行くその男性は、
我々と同じくノルウェーにおける日本展「JAPAN 2002」のために
トロンハイムへ向かっている筑波大学の先生らしい。
同じような飛行機にまた乗ってトロンハイムへ。
時間通り8時30分頃トロンハイム着。
トロンハイム空港では大使館の長尾さんが待っていた。
「長尾薫」とだけ聞いていたので、男性か女性かわからなかったが、女性だった。
今回の宿はブリタニア・ホテル。
外観やロビーは歴史を感じさせる落ち着いた雰囲気。
ここは「JAPAN 2002」協賛ホテルと言うことで、
我々だけでなく他の参加者も、大使館員や大使夫妻も、
「JAPAN 2002」に関係する日本人はこのホテルに泊まっているらしい。
ロビーで長尾さんから在日本ノルウェー王国特命全権大使の
オッド・フォッスアイドブローテン氏を紹介される。
このイベントのためわざわざ東京からノルウェーに戻っているらしい。
我々の公演会場トロンネラグ民族博物館の館長ペッター・スウォールト氏も出迎えに来ていた。
荷物を部屋に置いて、風邪気味のマルコをホテルに残し、会場に下見に行くことにする。
市の中心部から車で10分ほどの丘の上にある民族博物館の映画館のようなホールが会場。
大きなスクリーンやビデオプロジェクターが設置されているのはいいけど、
客席の傾斜が急すぎて、高座を組むと前の人の頭で高座が全く見えない。
ここでやるとなると2mほどの高さの高座を組まないといけないし、
下座のスペースも反響が大きすぎて辛い。
急遽ホールの向かいのパーティー・スペースのような部屋に会場を変更。
公演は夜だけど、明日朝から設営をする事にする。
一旦ホテルに戻って、長尾さんと明日のスケジュールを確認、
我々は近所のセブン・イレブンで買い物。
軽い機内食ばかりで小腹が空いた。
食事できるところはもう閉まってるらしいので、軽く食べられるものや飲み物をそこで買う。
福矢の部屋に僕と風喬が集まり、パスタやピザを食べながら少し酒を飲んで部屋に戻った。

ブラッセル空港で。右が大使館の荻野さん。左が日本広報文化センター所長の塚原さん。

トロンハイムへ向かう小さな飛行機。

ハイジャックの心配などせず、ずっと操縦室を開けっぱなしのフレンドリーな航空会社。
9月30日(月) ノルウエー公演
今日は朝から設営。
高座にするつもりの台が少し低いようなのでいろんな物を探してもらう。
結局フォークリフトで荷物を運ぶときに使うパレットを4枚下に敷くといい高さになった。
舞台袖を作りプロジェクター、スクリーンをセットし、照明を調節する。
あらかた出来たところで地元新聞の取材。
ノルウェーの人は結構英語が出来る。
マイケルが通訳してインタビューの後、着物に着替えて高座の上で写真撮影。
昼食後一旦ホテルに戻る。
しばらく自由行動。
僕とマイケル、風喬は町をぶらつくことにする。
ニーダロス大聖堂、はね橋、見晴らしのいいクリスチャン要塞などを見て回り、
トロンハイム駅に行ってみる。
駅構内にスロットマシーンがあり、風喬がやりだした。
僕もためしに隣でやると「7」がそろい、
20クローネ(300円)が240クローネ(3,600円)になった。
ラッキー。
ホテルに戻って支度をして民族博物館へ。
今日は招待客だけで40人ほどだという事だった。
開演前、河合大使が来られ全員挨拶する。
最前列に河合大使夫妻が座り、ここもノルウェー人の比率は90%ほど。
招待客と言うことで上品なお客さんだった。
終演後レセプション。
すぐに着替えて博物館内のカフェへ。
河合大使のスピーチの後シャンパンで乾杯し、
大使夫妻の席でノルウェー人のお客さんと談笑。
1時間ほどでレセプションは終了。
撤収してホテルに戻り、ホテル地下の「クイーンズ・パブ」へ。
風邪気味のマルコは1杯だけ飲んで部屋に戻った。
ここでノルウェービールやウイスキーなどを飲み、
福矢の部屋に移動して空港の免税店で買ったサンブッカを飲む。
昨年英国でこの酒にはずいぶんお世話になった。
少し甘みのあるトロンとしたお酒で、火をつけると青白い炎が上がる。
注ぐたびに火をつけ、3杯ほど飲んで部屋に戻った。

公演会場のトロンネラグ民族博物館。

ノルウェー語字幕の「皿屋敷」。

レセプション。河合特命全権大使夫妻と。
10月1日(火) 欧州公演最終日 ~自然の贈り物~
朝9時前にホテル1階のレストランでひとり朝食をとっていたら、
ノルウェー女性が近づいてきて流暢な日本語で「小春団治さんですか」と聞く。
「そうです」と答えると、アンネ・ランデ・ペータースというその女性は、
落語の公演をやってるとは知らなかった。
今日はもうこれから東京に帰らないといけないので、聞けなくてとても残念だと言う。
アンネさんはこの「JAPAN 2002」に三島由紀夫の芝居の翻訳者として同行してるらしいが、
早稲田大学で落語を研究しているという。
すごく残念そうだったので11月29日の東京独演会の前に字幕公演をするので是非と勧めた。
ノルウェーのホテルで落語好きのノルウェー人に出会うとは、なんたる偶然だろう。
10時半、ホテルのロビー集合。
今日は昼間民族博物館のペッター館長が町を案内してくれる事になっていた。
ロビーに行くと僕のことが写真2枚で新聞に大きく取り上げられていてびっくり。
ペッターさんの案内で劇場、図書館、美術館、教会などを見て回る。
3時頃町の中心部で解散し、僕はマルコと買い物できそうな店を見て回る。
4時過ぎ、いつもの大使館の車でホテルを出て博物館へ。
今日で最後なので開演前に博物館も見学させてもらうことにする。
オフ・シーズンなので3時に閉館するが僕らのためにガイドが一人残ってくれていた。
ここは広い敷地に古い家を移築した民族博物館で、ガイドの説明をマイケルが訳してくれる。
6時に会場に戻り準備。
今日は一般のお客さん。
狭い会場にいっぱいの70人ほどが座っている。
昨日よりいい反応。
終演後、欧州打ち上げとしてノルウェー料理を食べることにしていた。
大使館の長尾さんが民族博物館の隣にいいところがあるというので、そこを予約してもらっていた。
みんなで荷物を担いでゾロゾロ100m離れた隣のレストランへ移動する。
空を見上げると星がきれい。
天気がよかったし、ここは丘の上だからよけい星がきれいよう。
奥まった個室に通されトナカイのローストビーフ、ニシンなどを食べる。
トナカイは結構いける。
食事も終わり頃、表で待っていた運転手さんが寒いので中に入ってきた。
聞くと外は0℃ぐらいらしい。
デザートやコーヒーを飲み出すと運転手さんは車を暖めてくると言って出ていった。
しばらくして携帯がなり、すぐに外に出ておいでと言う。
精算を済ませて外に出て空を見上げると、
オーロラが出ていた。
青白いカーテンのような物が夜空でたなびいている。
大感激。
みんな空を見上げて笑ってる。
オーロラを見ると何故か笑ってしまうようだ。
もっと北の方で、もっと寒くないとオーロラなんて観られないと思っていた。
ノルウェーに3年も住む大使館の人もこんなオーロラ初めて観たという。
我々はなんてラッキーなんだろう。
欧州公演の最終日に、打ち上げが終わって店を出たとたんにこんな光景を観られるなんて。
一生心に残る最高の打ち上げ、最高の自然からの贈り物だ。
ホテルに戻ってまたまた福矢の部屋でサンブッカを飲み、
オーロラの余韻に浸った。
明日はいよいよ帰国。

地元紙に大きく掲載される。

博物館の中庭。

昔の倉庫が川辺に並ぶトロンハイムの街並み。
ダイジェスト写真集 ブルガリア編

9月25日の公演地ソフィア第18高校。

18高校には茶道部がある。

9月26日公演の中央軍事クラブ。

中央軍事クラブ内部。プロジェクターの設置場所を検討する大使館の荻野さんとマイケル。

「お玉牛」。文化大臣が一番前で観ている。

バルカン半島最大のアレクサンダル・ネフスキー教会。

ブルガリア料理屋でダンサー達に引っ張り出され、壷の上に乗らされる。
ダイジェスト写真集 ベルギー編

小便小僧のジュリアン君。

こちらは小便少女。

ブラッセルの中心グラン・プラス。

夜はライトアップされてきれい。

本場ベルギーワッフル。

ブラッセル公演会場の日本広報文化センター。大使館ビルの一角にある。

広報文化センター前に貼られた公演のポスター。

オランダ語の翻訳してくれたバートさんとホテルの前で。
ダイジェスト写真集 ノルウェー編

地元新聞の取材を受ける。

トロンハイムの観光案内所の前で。

ノルウェー最大のニーダロス大聖堂。
前面にずらりと聖人の像が並んでいるが、火事で焼失して再建するとき、
彫刻の職工が自分の好きなボブ・ディランの顔に似せて1体作ったらしい。

トロンハイムの裏通り。

跳ね橋

小高い丘の上のクリスチャン要塞。

クリスチャン要塞からはトロンハイムの町が一望できる。

終演後のレセプションで民族博物館館長と。

トロンネラグ民族博物館の展示建物。

打ち上げはノルウェー料理屋で。福矢の隣にいるのが大使館の長尾さん。
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